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千葉地方裁判所 昭和60年(ワ)328号 判決

原告 大野道雄

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 田村徹

被告 小松喜一

右訴訟代理人弁護士 黒川厚雄

主文

一  原告らの主位的請求をいずれも棄却する。

二  被告は、原告らに対し、合計金三三二万六〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年九月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

五  主文第二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (主位的)

(一) 被告は、原告大野道雄(以下原告大野という。)に対し、金一六二一万円、原告蒲谷隆則(以下原告蒲谷という。)に対し、一七五七万円及び右各金員に対する昭和五九年一〇月四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

2  (予備的)

(一) 被告は、原告らに対し、合計七一六万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月四日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  主位的請求関係

1  請求原因

(一) 売買契約

(1) 原告大野は、被告から昭和五八年三月八日、四街道市和良比字三才二一九番一八所在の山林一九平方メートル及び、同所二一九番七所在の山林のうち一一六平方メートル(同月二三日に分筆された後の同所二一九番二六)(以下、両筆を併せて「本件第一の土地」という。)を代金一四〇〇万円で買いうける契約を締結した。

(2) 原告蒲谷は、被告から昭和五八年四月二一日、四街道市和良比字三才二一九番七所在の山林一一八平方メートル(以下「本件第二の土地」という。)を代金一三七〇万円で買いうける契約を締結した。

(二) 右(一)の各契約締結に際して、原告らは被告との間において左記の合意ないし特約を結んだ。

(1) 原告らが住宅建築目的で本件第一、第二の土地を買いうけたこと。

(2) 被告は建築可能な状態で、原告大野に対しては昭和五八年四月二〇日までに、原告蒲谷に対しては同年六月五日までに、本件各土地を引き渡すこと。

(3) 右引渡期日が経過した場合、原告らは、催告なしに、各契約を解除することができること。

(三) 原告大野は、昭和五八年四月二〇日までに、原告蒲谷は、同年六月三日までに、それぞれ前記(一)の契約代金全額を被告に支払った。

(四) 昭和五八年四月二〇日及び同年六月五日が経過した。

(五) 被告の履行遅滞によって原告らが被った損害は左のとおりである。

(1) 原告大野の損害

(ア) 土地買入ローンの金利 一一六万円

(イ) 仲介料・諸経費 一〇〇万円

(ウ) 車庫のシヤッター設備費 五万円

合計 二二一万円

(2) 原告蒲谷の損害

(ア) 土地買入ローンの金利 一六七万円

(イ) 仲介料・諸経費 八五万円

(ウ) 譲渡所得税の差額 一三五万円

合計 三八七万円

右譲渡所得税の差額とは、本件第二の土地を買いうけるにあたり、原告蒲谷所有の八街町所在の土地を売却してローン借入金と併せて買受代金を調達したため、いわゆる短期譲渡所得税が課せられたが、本件売買契約を締結していなければ、仮に将来売却しても長期譲渡所得税しか課税されないので、その差額のことをいうものである。

(六) 原告らは被告に対し、昭和五九年一〇月三日到達の書面で各売買契約を解除し、各売買代金の返還及び各損害金の支払を催告した。

よって、原告らは被告に対し、左の金員の支払を求める。

(1) 原告大野

(ア) 契約解除に基づく原状回復請求権として一四〇〇万円。

(イ) 契約解除に基づく損害賠償請求権として二二一万円。

(ウ) 右(ア)、(イ)に対する昭和五九年一〇月四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

(2) 原告蒲谷

(ア) 契約解除に基づく原状回復請求権として一三七〇万円。

(イ) 契約解除に基づく損害賠償請求権として三八七万円。

(ウ) 右(ア)、(イ)に対する昭和五九年一〇月四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実については、(1)及び(2)ともにこれを認める。

(二) 請求原因(二)の事実は否認する。各契約の際、原告らが住宅建設の目的があったことを被告において知っていたことは認めるが、原告らの主張するような特約はなく、被告としては、原告らが後日住宅を建築するとして建築確認申請手続をなす必要がある場合は、出来る限り、これに協力する旨を約していたにすぎず、これは単に道義的な義務であるにとどまる。

(三) 請求原因(三)の事実は認める。

(四) 請求原因(五)の事実は、(1)、(2)ともにすべて否認する。

(五) 請求原因(六)の事実については、原告ら主張の書面が到達したことは認めるが、解除の効果は争う。

3  抗弁(原告大野に対して)

原告大野は、本件第一の土地の所有権移転登記を備えた後、千葉地方法務局佐倉支局昭和五八年四月二二日受付第一一一四五号をもって、抵当権者株式会社第一勧銀ハウジングセンター(取扱店、千葉店)、債権額一一〇〇万円とする抵当権設定登記手続をし、かつ、同支局同日受付第一一一四六号をもって、原因、同日付代物弁済予約、権利者同社とする所有権移転請求権仮登記手続をなし、所有権者として、最も有効に本件第一の土地を活用しているものであって、今日にいたって売買契約解除等に及ぶが如きは、権利の濫用であって許されない。

4  抗弁に対する認否(原告大野)

各登記がなされていることは認めるが権利の濫用であることについては否認する。

二  予備的請求関係

1  請求原因

(一) 主位的請求に係る請求原因(一)の(1)、(2)に同じ。

(二) 右各契約締結に際し、原告らと被告間には、住宅建築目的である旨の合意がなされた。

(三) (瑕疵の存在)

(1) 千葉県建築基準法施行条例(条例三九号、以下「がけ条例」という。)第四条によれば、高さ二メートルを超えるがけの下に建築物を建築する場合には、鉄筋コンクリート造若しくは鉄骨鉄筋コンクリート造の建築物とするか(一号)、または構造耐力上安全な擁壁を築造するか(三号)しなければならず、かかる対策を講じない限り、がけの上端からがけの高さの二倍の距離内は建築不可能になるところ、本件第一、第二の土地の北側境界にあるがけ(以下「本件がけ」という。)は、その高さが二・九四メートルあるから、本件第一、第二の土地は、がけの上端から五・八八メートルは建築不可能である。

(2) 被告は、本件第一の土地及び第二の土地を売却するにあたり、右土地の敷地(地下の部分)に一六・三二平方メートルずつの車庫を設置し、原告らに対し、車庫の上に建物が建てられる旨説明した。しかるに右車庫の構造が図面等で確認できないため、車庫の上に建築基準法上適法な建築をするためには、右車庫を一旦取壊し、再度設置しなければならない。

(四) 本件がけによる建築不可能な場所及び車庫上の建築制限を併わせれば本件第二の土地で建築可能な建物の建坪は約二二・二七平方メートルで、第一の土地はそれ以下である。

(五) 右(三)の(1)、(2)は、法令上の瑕疵であり、一般的には発見しにくい、隠れた瑕疵である。

(六) 右(三)の(1)、(2)の瑕疵によって原告らは、左記の損害を被った。

(1) がけ条例によって制限されている部分についても建物を建築するために擁壁を築く必要があるが、その費用は本件第一、第二の土地の分を含めて三三二万六〇〇〇円である。

(2) 原告ら両名の車庫の改造工事にかかる費用は合計三一四万円である。

(3) 弁護士費用七〇万円

(七) 右損害金のうち(1)と(3)については、昭和六一年九月一七日、本件第一三回口頭弁論期日において、(2)については、昭和六二年一月一三日本件第一六回口頭弁論期日において、原告らは被告に対しそれぞれ支払の催告をなした。

よって、原告らは被告に対し、瑕疵担保責任による損害賠償請求権に基づき、合計七一六万六〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一〇月四日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)の事実についての認否は主位的請求に係る請求原因(一)の(1)、(2)に対する認否に同じ。

(二) 請求原因(二)の事実は否認する。

(三) 請求原因(三)の事実はすべて否認する。本件土地自体には何らの瑕疵がなく、かつ建築基準法上適法な建築確認がなされないという確定的な欠陥もない。

(四) 請求原因(四)、(五)の事実は否認する。

(五) 請求原因(六)の事実はすべて否認する。仮に被告に擁壁の補修工事義務があるとしてもその見積金額は一七六万四〇〇〇円が相当である。

第三証拠《省略》

理由

一  主位的請求関係について

1  請求原因(一)の(1)、(2)(売買契約の締結)については当事者間に争いがない。

2  請求原因(二)(合意ないし特約)の事実について

(一)  右(二)のうち(1)の事実、原告らが住宅建築目的で買いうけた事実について検討するに、《証拠省略》によれば、本件各契約に際して仲介人である訴外株式会社三越ホーム(以下「三越ホーム」という。)が作成した重要事項説明書には、本件第一、第二の土地とも現況宅地、市街化区域、第一種住居専用地域、建ぺい率五〇パーセント、容積率一〇〇パーセントと記載され、飲料水(公営)、電気(東京電力)、ガス(プロパン)の事項が記載されており、建物建築を前提としている契約であり、原告大野、同蒲谷とも本件各契約に当り住宅を建てる目的であることを述べており、被告も本件第一、第二の土地を住宅建築用地として売り出していたのであるから、右原告両名の目的を知っていたことが認められる。

以上の事実によれば、原告大野、同蒲谷と被告間の本件各土地の売買契約に際して、建物を建築する目的のためという合意が存在していたということができる。

(二)  次に、請求原因(二)の(2)及び(3)の特約について検討する。

(1) 原告大野との契約に際して

《証拠省略》によれば、原告大野が契約の際、何回も建物が建つかどうかについて被告に確認し、被告がこれに対して同原告があまりに執拗なので「そんなに言うのなら買わなくてよい」と言ったことが認められる。しかし、右の事実から直ちに、同原告主張の特約の存在を認めるに足りずかえって、《証拠省略》によればかような特約は、契約書の中に記載されていないことが認められるのであり、このような解約権留保という重要項が契約書上に記載がなされていないということからみると、かような特約が真実なされたかは極めて疑わしいものといえる。

また証人羽賀は被告が同原告との契約の際、建築確認がもしおりなければ、被告において責任をもって買い取ると述べたと供述するが、《証拠省略》においては、被告からかような発言があったということは特に述べられていないのであって、この点に関する証人羽賀の右供述はにわかに措信しがたい。

以上のとおり、原告大野との契約に際し、被告との間で請求原因(二)の(2)及び(3)のような特約をなしたことを認めるに足りる証拠がない。

(2) 原告蒲谷との契約に際して

《証拠省略》によれば、三越ホームの担当者から、本件第二の土地上に家が建てられる旨の説明があったこともあり、原告蒲谷は契約に際し、建物の建築可能性についていささかも疑うことなく、何ら問題とすることなく、契約を締結したことが認められる。このような事実を前提とすると、同原告主張の如き特約をわざわざ設けたと認定することは不自然である。

もっとも、《証拠省略》によれば、被告が同原告と四街道市役所に行った際に、本当に建たないのであれば被告において買い戻す旨の話をしたことが認められる。しかし《証拠省略》によれば、本件第一、第二の各土地につき建築確認を申請するにつき四街道市役所の大熊課長から本件がけについて擁壁を築くことを指導された段階で、右のような被告の発言があったことが認められるのであって、そのことは、被告が売買契約の後に知らされた事柄についての解決の一方法として提案したものと認められるので、前述のような《証拠省略》により原告蒲谷主張の特約の存在を認めることができない。さらに、《証拠省略》の売買契約書にも同原告主張の特約は記載されていないことが認められる。

結局、蒲谷と被告との間に請求原因(二)の(2)、(3)のような特約がなされたと認めるに足りる証拠がない。

3  以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、主位的請求は、理由がない。

二  予備的請求関係について

1  請求原因(一)(売買契約の締結)の事実については当事者間に争いがない。

2  請求原因(二)(住宅建築目的であることの合意)の事実については、主位的請求についての2(一)で認定したとおり、これを認めることができる。

3  請求原因(三)の(1)、(2)(瑕疵の存在)の事実及び(四)の事実(面積の計算)について、検討するに、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる(《証拠判断省略》)。

昭和五八年九月ころ、原告蒲谷は、本件第二の土地に家を建てようと考え、四街道市にある建築業者に設計を依頼したところ、同建築業者の話では「あの土地には家が建たないと聞いている」とのことであった。そこで原告蒲谷は四街道市役所に行き建築課の大熊課長に話を聞いたところ、そのとおりであり、本件土地はがけ条例の制限をうける旨を知らされた。その後、原告蒲谷は、その旨三越ホームに連絡したが、三越ホーム側の見解では大丈夫であるということであったので、昭和五八年末か、昭和五九年一月ころ、三越ホームの羽賀、被告らと共に、四街道市役所に行き、建築課の職員の話を聞いたところ、本件土地の北側の境界の方に擁壁を築けば家を建築することができるとのことであった。しかし、結局擁壁工事をすることなく、その後、被告の要請によって、原告蒲谷が同年六月一九日大熊工務店を通じて印旛土木事務所(建築基準法第四条に定める建築主事が在勤する事務所)に、建築確認の申請をなしたところ、同月二六日付の期限内に確認できない旨の通知書が送付され、右通知書によれば、がけ条例四条でがけ付近の建築規制があり、擁壁が設置してあるか不明であること、及び地下車庫の構造を明らかにして面積の算入をすることを要するとの理由により期限内に確認できないということであった。他方、原告大野も、印旛土木事務所に問い合わせたところ、本件土地上に家は建たないということを聞かされた。以上の事実が認められる。

ところで、民法五七〇条にいう瑕疵とは、売買の目的物に存する欠陥をいうが、それには物質的な欠陥(障害)のほかに、法令上の欠陥(障害)の存する場合も含まれると解するのが妥当である(最高裁判所昭和四一年四月一四日判決民集二〇巻四号六四九頁参照。)。本件についてみると、建築主事から、昭和五九年六月二六日付で送付されてきた右通知書は、建築基準法六条四項に規定されている「申請に係る計画がこれらの規定(当該建築物の敷地、構造、及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定。)に適合しないことを認めたとき、又は申請書の記載によってはこれらの規定に適合するかどうかを決定することができない正当な理由があるとき」の通知に該当するものである。従って、その理由に指摘された部分を補修するかあるいは明確にするかしないと、同法六条一項の建築主事による建築確認が受けられず、同法六条五項によって建築が制限される関係にある。

そこで、まずがけ条例の点について検討するに、《証拠省略》によれば、本件第一、第二の土地の北側には高さ二・九四メートルのがけがあり、高さ二メートルを超えるがけの場合を規制しているがけ条例の適用を受けることが免れないこと、そのがけには、現在大谷石の石垣が重ねてあるが、大谷石ではがけ条例にいう擁壁とはなりえないこと、擁壁を築かずに建物を建てる場合、がけの上端から五・八八メートル離さなければならないことが認められる。そしてさらに《証拠省略》によれば、がけ条例に従って建物を建てる場合、本件各土地の北側約半分弱に及ぶ部分に建物を建築できないことが認められる。かように大きな制約となることは、先に述べたように本件契約が住宅建築目的であり、建ぺい率五〇パーセント容積率一〇〇パーセントとする以外に建築制限のない土地として売買されたという当事者の意思に照らして看過しえざる障害であり、民法五七〇条にいう瑕疵にあたるとみるのが相当である。

次に、車庫の点について検討する。《証拠省略》によれば、本件車庫の面積は約一六・三二平方メートルあり、建築基準法六条の建築物に該当し、その上に建物を建てるには、まず車庫が関係法規上適法なものか及び構造上その上に建てる建築物に耐ええるかを確認する必要があり、これがなされない限り、車庫の上の建築は不可能であることが認められる。そこで、車庫の上に建物が建てられないことが民法五七〇条の瑕疵に該当するかであるが、先述のがけ条例の点を除いて考えた場合、《証拠省略》によれば、車庫の上の部分の面積は一六・三二平方メートルであり、蒲谷の土地(《証拠省略》の土地。)についてみれば、敷地面積が一一八・九平方メートルであることが認められる。そうだとすると、車庫部分を除いた部分においても十分建物を建てることができる広さがあり、当事者の通常の意思を考えた場合において、看過しえない制約であるとはいいがたいというべきである。民法五七〇条によって損害賠償を請求する場合には、瑕疵が契約の目的を達し得ないというほど重大なものである必要はもとよりないのであるが、同条が、売買契約当事者間の衝平という観点から定められている趣旨に鑑み、その瑕疵の存否は、売買契約の内容、目的、代金額、契約に際し売主が指示した内容、当事者の通常の意思等を総合して、右取引においてその物が保有すべき品質、性能等を具備しているか否かを判断して決すべきと解すべきである。本件では《証拠省略》によれば、本件土地は相場より四〇万円から五〇万円程度安かったことが認められること、及び、前述のように、車庫の上の制限される部分が全体の土地に比してわずかであり、建物建築目的売買にとって影響が少ないこと、さらに、全証拠によっても被告が、原告らに本件車庫上に建物が建つ旨説明して契約を締結させたということを認めることができないこと、を総合考慮すると、結局、車庫の上に建物が建てられないという制約は、民法五七〇条の瑕疵に該当しないとするのが相当である。(なお、原告大野の土地についても原告蒲谷の土地と隣り合わせであり、かつ地形、面積においてもほぼ一致するのであるから、原告蒲谷の土地と同様に考えることができる。)。

従って以上のことからすると本件土地の北側の部分ががけ条例の適用を受けて建物の建築が制限されることだけが瑕疵ということになる。

4  請求原因(五)(隠れた瑕疵であること)の事実について検討する。

本件売買契約当時、本件がけには大谷石の石垣が存在することは、前認定のとおりであり、《証拠省略》によれば、被告が原告大野に対し、前に本件土地上に建物が建っていた旨説明したことが認められ、がけ条例による建築規制自体、一般市民である買主には周知の事柄ではないと解されるので、以上の認定のがけ条例の制約は隠れた瑕疵に該当するとみるのが相当である。

5  請求原因(六)(損害額)について。

(一)  《証拠省略》によれば、がけ条例四条の要請に合わせて、本件第一、第二の土地の北側に擁壁を築く場合、その費用は三三二万六〇〇〇円であると認められ、これを損害額と認定することができる。《証拠判断省略》

(二)  請求原因(五)の(3)(弁護士費用)について。

目的物の瑕疵による損害は、買主の瑕疵の不知から相当因果関係の範囲内に生ずる損害、すなわち、民法四一六条を類推し買主の不知に因りて通常生ずべき損害を原則と解すべきである(但し、買主が得べかりし利益についてはこれを除く。)。

そこで、本件における弁護士費用について検討するに、原告らのかかる支出が、がけ条例の適用によって擁壁を築かねば建物を建てられないという瑕疵から通常生ずべき損害であるか疑問であり、また、かかる支出を被告において予見し、または予見しえたことについては特段の主張、立証がないから、原告らの主張する右支出を損害として認定することはできない。

6  請求原因(六)(催告)の各事実は当裁判所に顕著である。(なお、原告らは、昭和六一年九月一七日付及び昭和六二年一月一三日付準備書面において、請求の趣旨の中で、昭和五九年一〇月四日からの遅延損害金を求めているが、昭和五九年一〇月三日に被告方に到達した書面は、契約解除の意思表示と、売買代金の返還請求等を内容とするという主張はあるが、擁壁工事にかかる費用の催告を含むという主張は存しない。)。

三  結論

以上のとおり原告らの本件主位的請求を失当として棄却し、予備的請求は、瑕疵担保責任による損害賠償請求権のうち金三三二万六〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年九月一八日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒井眞治 裁判官 手島徹 澤野芳夫)

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